桂樹庵の哲学
(桂樹庵を始めるにあたって)
「L’ECOLE DE VIE ――人生の学校」
●パリのジンガロ座のバルタバス
人と馬が織りなすコミュニケーションを具現化して、この世のものとは思えない超パフォーマンスを繰り広げるジンガロ座。座長のバルタバスはパリの郊外にトロッコ電車を改造したような移動式家屋に住み、総勢50名ぐらいの仲間たちや馬と一緒に共同生活を送りながら毎日厳しい訓練に耐えている。まるで家族のようなアットホームな環境。そんな彼らのTVドキュメンタリーを制作するために、私は一ヶ月ほどジンガロ座のメンバーたちと寝食を共にした。取材の冒頭で彼はこんな言葉を残した。
「L’Ecole de Vie――人生の学校」。ある人は人生というものを学校で学んでいく。またある人は社会に生きながら人生を学んでいく。しかし僕は仲間たちと一緒に仕事をし、共同生活を送りながら人生を学んでゆくことを選択した。そう、人生の学校を創ってみたいと思ったんだ!
あれから7年の歳月が流れた。今、ようやく私はあの時のバルタバスの言葉の意味を理解した。
「人生の学校」――そう、私は桂樹庵をそんな風に位置づけようと決心した。
●フランスで出会ったステキなシェフたち
40年間、異国の地で取材人生一筋に駆け抜けてきた私。出会った人たちの数は計り知れない。中でも料理人との交流はまさに「人生の学校」そのもの。フランスのブルターニュ地方で店を構えるシェフ、パトリック・ジェフロアは世界でもナンバーワンのアーティチョークを生産している農家に連れて行ってくれた。良き生産者がいなければ料理人なんて存在しない! そんなことを教えてくれた。同じくブルターニュの3つ星シェフ(現在は3つ星を返上)、オリヴィエ・ロランジェは両親の離婚により手放さざるを得なくなった家を守るために自分自らが料理人になることを決心した。真っ青なアジサイの花が庭に咲き誇るその大きな家には、どこよりも家族の愛情に満ち溢れていた。・・・毎朝パンのいいにおいがする。その店先に額がつぶれそうな位に顔をくっつけて焼きあがったバゲットパンを見つめるひとりの少年がいた。店主が「中に入るのか入らないのか? 入らないなら二度と店には来るな!」その一言が少年の背中を押した。その少年こそが今、社会派シェフとして世界的に有名なティエリー・マルクスその人だ。
●そして湯河原へ
みんな、何てドラマティックな人生を生きているんだろう! ひとりひとり各自がそれぞれのストーリーを胸に個性的な料理を披露してくれる。
今、湯河原の地で、いったい私には何ができるだろうか? 果たして彼らのようなストーリーを紡ぎ出せるだろうか? 出会ってきた人たち、ひとり一人の顔がまぶたに浮かぶ。桂樹庵を”プチ・フランス”にしたい! そこでは世界中の人たちが芸術や文化について食事をしながら会話がはずむ。さぁ、これからが私の出番だ。記憶の先に未来がつながっていく。世界とつながっていく。
「ロティスリー桂樹庵」店主
南谷 桂子